半分
八月の終わりに部屋を引き払うことになって、冷蔵庫の中を出した。
ドアポケットに麦茶が一本残っていた。二リットルのやつで、半分より少し下まで減っている。キャップの溝に埃が溜まっていた。買ったのはわたしじゃない。
六月の初めに来たとき、暑いねと言いながら彼が持ってきた。スーパーの袋から出して、そのまま冷蔵庫に入れて、コップに注いで、二人で飲んだ。そのあと何回か来て、そのたびに少しずつ減った。最後に来たのがいつだったか、正確には思い出せない。梅雨が明ける前だったのは確かだ。
中身が透けている。光にかざすと、底の方が少し濁っていた。
捨てる、と思って手に取って、シンクまで運んで、キャップに指をかけて、そこで止まった。
開けたら匂いがする。
それだけのことなのに、指が動かなかった。開けなければ、この麦茶はまだ六月の麦茶でいられる。開けたら、二ヶ月経った液体になる。減っている分だけが、彼が飲んだ分だ。その境目――液面の位置――が、彼が最後に口をつけたときの水位のまま止まっている。
わたしはそれを、消したくなかった。
結局、キャップは開けずに流しの横に置いた。段ボールに服を詰めて、本を縛って、カーテンを外した。部屋が四角くなっていくあいだ、麦茶はずっとそこにあった。
夕方、業者が来る前に、もう一度手に取った。
軽い。思っていたより軽い。半分しかないんだから当たり前なのに、六月にはずっしりしていたはずだと思った。あのとき彼が袋から出して、片手で持ち上げて、冷蔵庫に入れた。その手の形をわたしは覚えている。ボトルの腹を、親指と他の指で挟むようにして。
わたしはその形で持ってみた。
手の中で液体が揺れた。
――ああ、いる、と思った。
いないのに。透明なのに。中身が半分しかないのに。減った分が、ここにいる。
わたしは流しでキャップを開けて、残りを全部流した。においは、思っていたほどしなかった。ただの麦茶のにおいだった。空になったボトルは、軽すぎて、持っている感じがしなかった。
それを潰して、袋に入れた。
部屋を出るとき、冷蔵庫のドアポケットのところに、うっすら丸い跡が残っていた。ボトルが立っていた場所だけ、埃がついていない。
わたしはそれを拭かなかった。
了
二〇二六年七月二十八日 発表