鍵
押入れの上段は、下段より熱かった。天井に近いぶんだけ空気が溜まっていて、襖を開けたときに顔にあたるものがあった。防虫剤の匂いだった。
段ボールを三つ下ろして、畳に並べた。汗が顎から落ちて、いちばん手前の箱の角に丸い染みをつくった。紙が濃くなって、それから縁のほうへ薄く広がっていった。指で押さえてみたが、押さえたところで乾くわけでもなかった。
袋は二つ用意してあった。片方が紙、片方がそれ以外。この二つに分けていくだけの作業だと、朝のうちに決めていた。決めておくと手が止まらない。名刺の束、どこの土地とも書いていない絵はがき、封の切っていない年賀状。ぜんぶ紙のほうへ入れた。中を読まなければ、紙は紙だった。
箱の底に、茶封筒がひとつあった。
軽かった。持ち上げたときに、中で片側に寄るものがあった。紙ではなかった。紙なら紙のほうへ入れればよかったのに、紙ではないので、確かめないと分けられなかった。
封を切った。糊はもう効いていなくて、指を入れると簡単に開いた。
鍵だった。
小さい。真鍮の、平たいやつ。持ち手のところに丸い穴があいていて、そこだけ色が濃くなっていた。長いあいだ何かに通してあったのだと思う。輪はついていなかった。
この家の鍵ではなかった。玄関のは去年替えたし、勝手口のはもっと大きい。物置は南京錠で、これは南京錠の形ではない。
畳に置いて、両方の袋を見た。
紙ではない。それ以外でもなかった。それ以外の袋には、割れたコップと、片方だけの手袋と、乾いた絵の具のチューブが入っていた。あの中に落とすと、あの中のものになってしまう気がした。
どこの鍵かと、訊けばよかった。
立ち上がって、襖の縁に手をついた。外で誰かが自転車のベルを鳴らして、それから遠くなった。窓は閉めたままだった。
鍵をポケットに入れた。ズボンの、右の前。入れてから、思ったより厚みがあることに気づいた。
上段の残りに手を伸ばした。奥のほうに、まだ二つある。
昼を過ぎて、下段まで終わった。袋は二つとも口を縛って、玄関に出した。部屋には何もなくなって、畳の日に焼けていないところが四角く残っていた。
台所で手を洗って、拭くものを探して、ズボンで拭いた。
右の手のひらの下に、硬いものがあった。
了
二〇二六年十月十六日 発表