押入れ
窓を開けると蝉の声が入ってくるので、閉めたまま片づけている。四十九日が済んで、この家のなかで急ぐ理由はもう何もない。それでも今日じゅうに押入れの上段だけは終わらせようと思っていた。
床に山を二つ作る。捨てるものと、とっておくもの。三つ目は作らない。前に一度、迷ったものを置く山を作ったことがあって、あれは結局そこに全部入って、いつまでも終わらなかった。
汗が顎から落ちて、段ボールの蓋の上で丸く濃くなる。
名刺が一枚出てきた。知らない会社の、知らない名前。束ではなく、一枚だけ。捨てる方に置く。
絵はがきが出てきた。海の写真で、裏は白紙だった。行ったという話を聞いたことのない土地だ。切手も貼っていない。買っただけかもしれないし、誰かにもらったのかもしれない。読むところがないので、読めない。少しのあいだ持っていて、捨てる方に置く。
眼鏡が出てきた。ケースの中で、蔓の片側だけが外に開いている。レンズに指の跡が残っていた。
拭いていると、去年の秋に、駅の階段の途中で立ち止まってこれを外し、シャツの裾で拭いていたのを思い出した。人が横を通っていくのを、どかずに待たせていた。わたしは二段下で待っていた。
拭き終えて、とっておく方に置いた。
茶封筒に入った鍵が出てきた。封筒には何も書いていない。捨てる方に置く。
こういうものは迷わない。手が止まるのは、知っているものの方だ。持ち上げた時点で、もう置く場所は決まっている。
夕方までに上段は終わった。とっておく方は箱ひとつで足りた。捨てる方は、袋の口を縛るのに両手が要った。持ち上げてみると、思っていたよりずっと軽かった。
玄関を開けて外に出す。蝉の声が家の奥まで入ってくる。戸は開けたままにした。
了
二〇二六年八月八日 発表