連絡船
朝の便に乗る。缶の蓋を開けて、飴玉をひとつ取る。レモン味。口に入れると酸っぱくて目が覚める。
向こうから船が来る。毎朝同じ時間にすれ違う。窓越しの顔は光に潰れていて、誰が乗っているかわからない。
缶は姉がくれた。船酔いしたらなめなさい、と言った。酔ったことはない。けれど毎朝ひとつ口に入れる。
姉は三月に向こう岸を離れた。手紙が一通来て、それきり。
船がすれ違う。三秒。窓と窓が向き合って光がちらつく。誰かが手を上げたように見えたけれど、波の揺れだったかもしれない。
飴玉が小さくなっていく。舌で転がすと角が丸くなって、最初の形がわからなくなっている。
桟橋に着く頃、溶けきる。いつも同じくらいの時間で。
帰りの便で、缶をまた開ける。ぶどう味。夕方の光の中ですれ違うと、向こうの顔がよく見える。知らない人ばかり。
缶がだんだん軽くなる。買い足せばいいのだけれど、同じものが見つからない。駅の売店にある、と姉は言っていた。どの駅かは聞かなかった。
すれ違いの瞬間、口の中に飴玉がある。それだけのことを、毎朝繰り返している。
了
二〇二六年六月十六日 発表